イロハニトイロ

vol.38-③ 病気になった

こんにちは。

イロハニトイロで所長をさせていただいている金村です。

なぜイロハニトイロがこのような変わった考え方なのか?

それは所長である金村の考えに大きな変化があったからなんですが、

ではでは、その変化とは一体何なのか?

なぜそんな変化が起こったのか。

それを公開していこうということで書いています。

ということで、今回が第3回となります。

以前の考え(vol.38-②参照)とは全く逆と言ってもいいほどの考えに変わった出来事として、

大きなものが3つあったと僕は考えています。

一つは、今日話そうと考えている「僕自身の病気の体験」です。

そして

「訪問看護での、ある利用者さんとの体験」

そしてそして

「大切な本との出逢いの体験」

この3つのことをお話しできればと思います。

3つ目の「大切な本との出逢いの体験」については、本の内容もそうですが、それよりもその出逢い方が大きな影響を僕に与えたということをお話しできればと思っています。

これら3つの出来事と、現在の職場の環境が僕自身の考えを大きく変化させ、イロハニトイロという場所を生んだんだ、という物語になると思います。

最後まで読み進めて頂けるときっと、一見おかしくて怪しくも感じてしまうイロハニトイロの考え方に実は根拠がきちんとあることを分かってくださると思います。

これはイロハニトイロのブログですから、もちろんイロハニトイロの事をより深く分かって頂きたいという思いがあって書いているのですが、

これを読んだ方がこれまで知らなかった新しい視点を持つことができ、ご自身の人生がより豊かになって頂けたら嬉しいな、なんていう希望もあったりもします。

ですので、できる限り金村自身の弱さや失敗、間違いを公開していければと思っています。

僕の考えを大きく変えた出来事。

その始まりは、僕自身の病気の体験です。

そうなんです。

僕は7年前(35歳の時)、夜眠れなくなりました。

頭痛もひどく仕事に行けなくなったんです。

もちろんそれは、風邪とかそういうことではありません。

仕事における人間関係の苦しさから、心を少しずつ病んでいったんです。

その時は本当に苦しかったですね。

仕事に行きたくても行けない苦しさ。

眠りたくても眠れない苦しさ。

気にしたくなくても気にしてしまう苦しさ。

そして家族を養わなければ、と思うと逃げ出せない苦しさ。

そして何よりもこの苦しさを理解してもらえない苦しさ。

そんな苦しさをたくさん感じていました。

信頼する人から「寝ようと思えば寝れるもんや。寝れない人は真剣に寝ようとしていないだけ。」と言われたことは本当に辛かったですね。

その言葉で一気にその人との関係を避けるようになったりしました。

自分を元気づけようとする励ましの言葉も苦しい渦中にいるときは刃のように感じてしまい、とても傷付いてしまうんですよね。

そうやってさらに人との関係を悪化させていったのです。

その辛く苦しい出来事があったのは、

たくさんの職場を転々とし5つ目の職場に辿り着いたときのことでした。

実はこれまでの職場でも人間関係のしんどさはあったんです。



辛い体験もたくさんしました。

こんなに頑張っているのに認めてもらえない、評価されない。

むしろ悪影響を与えているかのように上司(室長)に思われてしまう。

なんて自分は不幸なんだろう。損な人間なんだろう。

もっと僕の事を分かってくれる人がいれば上手くいくのに。

(当時は本気でそう思い込んでいました)

そして、自分の事を理解してくれている友人が室長を務める職場へ移ることになったのです。

それが前の職場です。

やっと僕が活きる場所に辿り着いたんだと当時は思っていました。

とってもやり甲斐を感じながら楽しく仕事をさせていただいたのです。

しかし、その職場でも結局、それまでの職場と同じ結果になったのです。

それまでは、分かってもらえない上司が悪い、環境が悪い、運が悪い、と思っていれば良かったのですが、自分を理解してくれるはずの友人が室長の職場でも同様の結果になったということは。。。

え?僕がダメな奴なの?

え、うそ?

そりゃもう心はズタズタです。

こんなに頑張っているのになぜ?って。

なによりも、自分を責め続けていましたね。

室長を助けたい、この部署をもっと良くしたい、その思いが全て逆方向に働くわけですから。

でも分かってもらえない上司(大切な友人)のせいにもできない。

自分はなんてダメな人間なんだろう。

自分を責めて責めて責めまくって、

それでも、もっと良くならなければ、

もっと頑張らなければ、

もっと優しくならなければ、

もっといい人にならなければ、

もっと室長に認めてもらわなければ、

もっと室長の役に立たなければ、

そうやって、これまで以上に自分を責め続け、結局病気になっちゃたんです。

僕の考えを変えたきっかけになった病気のお話です。

「自分も病気になって苦しい人の気持ちが分かったんです」

とかいうそんな単純な話では実はありません。

ここからが僕の考えを変える大きな出来事になります。

それは、そんな不眠と頭痛で苦しみ続けていたある日のことです。

その日も出勤はしたものの案の定、頭痛がひどく早退することとなりました。

頭痛に苦しみながら一人で帰っていたところ、ある同僚の方からLINEが送られてきたのです。

そこには僕を心配する様々な内容が書かれていたのですが、

その中に、

「そんなあなたでいい」

というようなものが書かれてあったのです。

つまり、頑張って、努力して、何かができる金村ではなく、

ダメでも情けなくても頑張っていなくても落ちこんでいても、

そんな金村でも私は好きだ、たくさん感謝している、と書いてくれていたのです。

良くなることを応援するでもないし、求めるものでもありません。

「それでいい」と伝えてくれていたのです。

その時です。

不思議なことが起こりました。

初めて心の底から「こんな僕でいいのかも」って思えたんです。

なぜかその時は、素直に「ありのままの今の自分」を許せたんです。

もしかすると、人生で初めての事かもしれません。

ダメでもいいや。

それでも僕はちゃんと愛される。

だから大丈夫。

不思議と心の底からそう思えたんです。

すると奇跡のような出来事が起こったんです。

それまで強く鳴り響いていた頭痛が、海に向かって波が引いていくようにサーーーッと治まっていったんです。

それは1分にも満たない感覚の出来事でした。

そしてその日を境にぐっすりと僕は眠れるようになったんです。

そうなんです。

僕をずっと苦しめていたのは

「こんな自分はダメだ。もっと良くならなきゃ。そうじゃないと誰からも必要とされない。愛されない。」

という大きな大きな自己否定だったのです。

だからこそ、何個も職場を変わってきたのです。

自分を否定して頑張って、頑張って。

そんな自分を認めてもらうため、愛してもらうために頑張り続けてきた。

ボロボロになっても頑張っている僕を分かってくれる人を探し続けていた。

常に自分を否定することを続けながら。

そんな自分の生き方を手放した瞬間です。

「自己否定」が「自己肯定」に変わった時、人は自らを癒すことが出来ることを身を持って感じることができたのです。

ここまで読んで「それって凄い!」なんて思わないでください。

そんな簡単に人は変われないから苦しいんです。

まだまだここからです。

僕の考えを大きく変える出来事に出逢っていくのは。

つまり、実はまだまだ金村は今のようには変わりません。

いや、変われません。

自分をここまで育ててきた以前の価値観をやっぱり捨て切れないでいるんです。

でも、

その変化の入り口が、自分自身のこの病気の体験と自分を許す体験だったのは間違いありません。

非常に長くなってしまったので、この続きは次回にしたいと思います。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

何度も言いますが、このブログはイロハの考えに至るまでの軌跡を追うものです。


決して金村の事を理解してもらうために書いているのではありません。

そこをご理解いただいた上でぜひ今後も読んでいただければ幸いです。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

        イロハニトイロ所長

               金村